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ハリーウィンストン

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ハリー・ウィンストンについて

ハリー・ウィンストンの特徴

“キング・オブ・ダイヤモンド”の名で知られるハリー・ウィンストン。

最高品質の宝石と独創性溢れる作品の数々は、

いかなる時代においても世の女性たちへ、憧れと魔法を提供してきました。

そして近年、本格的に時計業界へ進出すると老舗時計メゾンとは一線を画す、

革新的で唯一無二を極めるタイムピースにより、業界を震撼させ続けております。

複雑機構で知られるトゥールビヨンやレトログラードを用いて

ジュエラーとしての解釈による“トキ”をエレガントに表現する“オーシャン”シリーズや、

宇宙工学に使用されるザリウムなどの素材を採用し、斬新な複雑機構のスタイルを生み出す“プロジェクトZ”シリーズなど、伝統と革新を融合する技術と実力は圧巻です。

「ダイヤモンド1つひとつに対して、人間1人ひとりを扱うよう接する事が大切」

創業者であるハリー・ウィンストンは、1粒1粒のダイヤモンドと向き合う姿勢を大切にし、その魅力を最大限に発揮させる鍛錬を怠ることはありませんでした。

それは今日まで続き、世界5大ジュエラーの1角を成す最高峰ブランドとして、その名を世界へと轟かせております。

HISTORY

1896年 ハリー・ウィンストン、ニューヨークにて誕生

1908年 12歳の頃、宝石への情熱が目覚める。

1909年 ロサンゼルスで宝石店を開くため西海岸へ移転

1920年 24歳にてプレミア・ダイヤモンド社という会社を設立。一人で奔走する。

1926年 20世紀にで最も重要とされるエステートジュエリー・コレクションを獲得。

1932年 ニューヨークにてハリー・ウィンストン社を設立。

1935年 世界の注目を浴びた726カラットのダイヤ原石“ヨンカー”を獲得。

1940年 ハリー・ウィンストンの象徴となる、“ウィンストン・クラスター”が誕生

1942年 ニューヨークの中心地となる東51丁目7番地に移転する。

1943年 キャリアの中でもっとも重要な宝石の1つでもあるエメラルド

“ストータスベリー・エメラルド”を獲得する。

1946年 90.38カラット、Dカラーの“ブリオレットカット・ダイヤモンド”を獲得。

     この希少で重要なダイヤモンドは様々なコレクターから愛されている。

1947年 現代でも語り継がれる“キング・オブ・ダイヤモンド”の名が定着する。

1948年 “ウィンザー公爵夫人”はジュエリーコレクタ-であり

     語り草となる“マクリーン・ダイヤモンド”などのコレクションを購入。

1949年 「コート・オブ・ジュエルズ」(宝石の宮廷)と呼ばれる展示会を開催。

     貴重な宝石を知って頂く機会と共に、慈善事業を行った。

1950年 自然の中でも美しいヒマワリからインスパイアされたサンフラワーを発表。

1952年 ライフ誌にて、歴史的価値のある宝石を世界で2番目に所有していると報道。

1953年 歴史に残る女優“マリリン・モンロー”主演映画「紳士は金髪がお好き」で

     ハリー・ウィンストンの名前が作中に現れ話題となる。

1955年 この頃から海外進出を展開。スイスのジュネーブから始まり1957年にパリ

     へオープンした。

1958年 呪いの宝石としても有名な“ホープダイヤモンド”をワシントンにある

     スミソニアン博物館へ寄贈。国家的な宝石貯蔵となる。

1960年 現存するハリー・ウィンストンの本店でもある5番街718番地へ移転する。

1966年 241カラットの原石から69.42カラットの完璧なペアシェイプ・ダイヤを生み出した。この傑作はハリウッドスターのリシャード・バートンが、妻であり女優のエリザベス・テイラーへ贈ったことから“テイラー・バートン・ダイヤモンド”と呼ばれることとなった。

1968年 601カラットの原石“レソト・ダイヤモンド”を分割する様子を世界へ生中継で放送する。

1978年 ハリー・ウィンストン氏が死去。82歳であった。

1988年 日本に初上陸。

1989年 時計業界への参入を表明。

1999年 当時アカデミー主演女優を獲得した人物が授賞式にてハリー・ウィンストンのネックレスを着用。“スターたちのジュエラー”としてのイメージが定着する。

2001年 独立時計師とのコラボにより、革新的な時計“オーパス・シリーズ”の展開を開始。

2007年 自社の時計工房を、時計製造の中心であるスイス・ジュネーブに設立。

2013年 ハリー・ウィンストンが手掛けた、101.73カラットに及ぶダイヤモンド

“ウィンストン・レガシー“は、「これまでオークションで見たダイヤモンドの中で、最も完璧なもの」と称された。

2013年 ハリー・ウィンストンは巨大企業“スウォッチグループ“の傘下になる。

TRIVIA

“キング・オブ・ダイヤモンド“

長いキャリアの中で、数々の伝説的な宝石との出会いにより、

彼とブランドの歴史は築き上げられてきました。

そしてハリー・ウィンストンは、世界的に有名な宝石の

実に3分の1以上を所有したと言われています。

現在もなお、創造性、稀少性、最高品質の伝統を重んじて、

今日においてもその輝きに満ちた物語を、受け継ぎ伝え続けています。

“天性の審美眼”

ハリー・ウィンストンが12歳の頃、質屋にて乱雑に置かれた25セント程の

ストーンを発見します。それに心奪われたハリー少年は、質屋の店主に

値下げの交渉を始めます。店主は本物のストーンだとは夢にも思わず、

ハリー少年の熱意に負け更に値引いた金額で販売しました。

ですが実は天然石であり2カラットもあるエメラルドだったのです。

数日後、父が経営していた宝石店にて800ドルで販売されました。

若い頃から彼の宝石に対する審美眼には、天性の兆しが垣間見えていました。

“スターたちのジュエラー”

マリリン・モンロー、シャーリーテンプル・エリザベス・テイラー等々、

ハリー・ウィンストンは幾多数多な、銀幕のスター達に愛されてきました。

それは当時主流のブランディングには無かった、衣装提供などにより

スターたちへハリー・ウィンストンの宝石を提供したところから

徐々にイメージが定着し、次第に“したーたちのジュエラー”と呼ばれて行きました。

つまりハリー・ウィンストンは、審美眼だけでなくビジネスの才能も

持ち合わせていたのです。

“NEW YORK”

NEW YORKの街は、ハリー・ウィンストンにとって欠かせないキーワードです。

独特なスピリットとスタイル、感動と魅惑の中心であるNEW YORKは1932年の

ブランド創業以来からインスピレーションの源であり原点です。

レディース時計の名作“アヴェニュー”シリーズをはじめとして、NEW YORKの

洗練された街並みや風景をイメージし、製作したジュエリーやタイムピースが数多く

存在しています。

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